「年金が減らないように、週3日だけにしています」 「もっと働きたいけど、年金がカットされるから...」60代、70代の社員からこんな声を聞いたことはありませんか。働きながら年金を受け取る場合、収入が一定額を超えると年金が減額される仕組み――これが「在職老齢年金制度」です。この制度が、高齢者の「働き控え」を生み、企業の人手不足にもつながっていました。しかし、2026年4月から、この基準額が大幅に引き上げられます。今回は、在職老齢年金制度の改正内容と、企業が知っておくべきポイントについてお伝えします。在職老齢年金制度とは?在職老齢年金制度とは、厚生年金の被保険者として年金を受け取りながら働く人が対象となる制度です(70歳以降は被保険者ではありませんが、厚生年金適用事業所で被保険者と同等の働き方をしている場合は対象となります)。「年金の月額(基本月額)」と「給与・賞与の月額換算(総報酬月額相当額)」の合計が一定額を超えると、超えた分の半額が年金から減額されるという仕組みです。なお、ここで減額の対象となるのは老齢厚生年金のみで、老齢基礎年金(国民年金部分)は減額されません。現行制度(2025年度)での例基準額:51万円老齢厚生年金(月額換算):15万円給与月額(賞与含む):38万円合計:53万円→ 51万円を2万円超過 → 超過分の半額(1万円)が老齢厚生年金から減額この例では、本来15万円もらえるはずの老齢厚生年金が、14万円に減ってしまいます。2026年4月から何が変わるのか改正後は、基準額が62万円に引き上げられます。改正後(2026年4月以降)での例同じ条件(老齢厚生年金15万円、給与38万円)の場合:合計:53万円新基準:62万円→ 基準額を下回るため、老齢厚生年金は全額(15万円)受給できるつまり、これまで減額されていた1万円が、そのまま受け取れるようになるのです。さらに、新基準の62万円までまだ余裕があるため、勤務日数や勤務時間を増やして働くことも可能になります。厚生労働省の試算では、この改正により約20万人が新たに年金を全額受給できるようになるとされています。なぜ今、改正するのか背景1:高齢者の「働き控え」内閣府の調査によると、65〜69歳の方のうち約3割が「年金額が減らないように、就業時間を調整しながら働く」と回答しています。能力も意欲もあるのに、年金の減額を恐れて労働時間を抑える――この「働き損」状態が、高齢者の就労意欲を削いできました。背景2:深刻な人手不足少子高齢化が進む中、労働力人口の確保は喫緊の課題です。総務省の統計によると、2024年時点で65歳以上の労働力人口は約930万人と過去最多を記録しています(総務省「労働力調査」)。元気で働く意欲のある高齢者が、制度の壁によって労働参加を制限されている現状は、社会全体にとっても損失です。背景3:年金制度の持続性「高齢者が働くと年金財政が悪化するのでは?」という疑問を持つ方もいるかもしれません。しかし、働きながら厚生年金保険料を納めることで、年金制度を支える側にもなります。また、在職中に納めた保険料は、年1回の「在職定時改定」で年金額に反映される仕組みも導入されており、働くことが将来の年金増額にもつながります。企業が準備すべきことこの改正は、高齢者雇用を行っている企業にとって、対応が必要な変更です。1. 高齢社員への情報提供在職老齢年金の制度は複雑で、多くの人が正しく理解していません。「2026年4月から基準額が62万円に上がるため、これまで年金が減額されていた方も、全額受給できる可能性があります」といった情報を、わかりやすく説明することが大切です。特に、これまで「年金が減るから」という理由で勤務時間を抑えていた社員に対しては、フルタイムや勤務日数増加の選択肢を改めて提示することも検討しましょう。2. 勤務体制の見直し改正により、高齢社員がより多く働けるようになる可能性があります。週3日勤務だった方が週5日に増やす短時間勤務だった方がフルタイムに戻るこうした変化により、人件費が増加する可能性もあるため、早めに見通しを立てておくことが重要です。3. 労使トラブルの防止制度改正について説明が不十分だと、「会社が教えてくれなかった」「もっと早く知りたかった」といった不満につながることもあります。社内掲示やメール、面談などを通じて、丁寧に情報提供を行いましょう。高齢者が「働きやすい」会社へ人生100年時代と言われる現代、60代、70代でも元気に働き続けたいと考える人は増えています。しかし、これまでの在職老齢年金制度は、そうした意欲を削ぐ「働き損」の仕組みでした。2026年4月の改正は、高齢者が年金の減額を気にせず、自分の希望に応じて働ける環境を整える大きな一歩です。企業にとっても、経験豊富なベテラン社員に、より長く、より活躍してもらえるチャンスとなります。制度改正を前向きに捉え、高齢者が働きやすい職場環境を整えていきましょう。在職老齢年金制度の改正や、高齢者雇用に関するご相談は、当事務所までお気軽にお問い合わせください。参考:厚生労働省「在職老齢年金制度の見直しについて」内閣府「生活設計と年金に関する世論調査」(2024年)